本田技研工業株式会社創業者本田宗一郎

要 点

  • 本田宗一郎氏の本命星は四緑木星(信用・縁・風のように広がる力・遠方への展開)、傾斜宮位は本記事の計算エンジンでは離宮(太陽・光・表舞台・名誉)と算出される。なお傾斜宮位は算出法によって異なる場合があります。
  • 1946年9月1日のHonda Technical Research Institute創設は九紫火星中宮年・年盤離宮の配置で、月盤は白露前のため8月節として扱い四緑木星は坎宮に位置した。
  • 1961年6月のマン島TT制覇・世界選手権タイトル獲得は三碧木星中宮年・年盤乾宮(天・統べる・大きな舞台)の配置で、7年前の宣言が結実した局面として読まれる。
  • 1973年10月の退任は九紫火星中宮年・年盤離宮の配置で、創業の1946年と同じ年盤宮位に帰着した局面として読まれる。
  • 本記事は人物評価・未来予測を目的とするものではなく、東洋思想のフレームからの事後考察である。

本稿について

本記事は、本田宗一郎氏の歩みの節目を九星気学の年盤・月盤と照合しながら事後考察するものです。

本記事の目的は、九星気学によって経営判断を予測・断定することではありません。意思決定のタイミングを東洋思想のフレームから読み解く試みです。

本記事は人物評価・未来予測を目的とするものではありません。

本田宗一郎と九星気学

「やってみもせんで、何がわかる」——本田宗一郎が残した言葉の数々は、今も多くの人の背中を押し続ける。1906年、静岡県の鍛冶屋の息子として生まれた少年が、なぜ世界のホンダを一代で作り上げ、頂点で手を止めて渡すことができたのか。その歩みを気学を用いて、暦の流れと出来事の重なりから考察してみます。四緑木星を本命星に持つ宗一郎が、どのような宮位のめぐりの中で走り続けたのか。あくまで事後的な考察として、運勢の流れとともに読み解いていきます。

■ 基本プロフィール(九星気学)

本命星 四緑木星(4)
月命星 八白土星
傾斜宮位 坎宮(1)
生年月日 1906年11月17日

四緑木星は「巽(そん)」の星。風・縁・往来・コミュニケーション・飛躍を象意し、人と人をつなぎ、自らも勢いよく伸びていく木の生命力を持つ。傾斜宮位については本記事の計算エンジンでは離宮と算出されており、太陽・光・注目・表舞台・名誉を象意する。四緑木星の「風のように飛躍する」力に「太陽の舞台で輝く」引力が組み合わさる命式が、世界の頂点を目指した宗一郎の軌跡と共鳴する。なお傾斜宮位は算出法によって異なる場合があります。

📌 盤の見方:

金色 = 本命星


赤丸 = 五黄殺


紫丸 = 暗剣殺


橙丸 = 歳破・月破


点線 = 傾斜宮位

【1946年9月】1946年9月:離宮の光の中で、種を蒔く

  • この章では、【1946年9月】1946年9月:離宮の光の中で、種を蒔くの局面における気学的な配置と出来事の照合を考察します。

終戦の翌年、1946年9月1日、本田宗一郎は浜松の小さな工場の一角にHonda Technical Research Institute(本田技術研究所)の看板を掲げました。陸軍の払い下げ無線機用発電エンジンを改造して自転車に取り付けたのがホンダの原点でした。

1946年 年盤(九紫中宮)
西
年盤:四緑木星が離宮
1946年9月 月盤(七赤中宮)
西
月盤:四緑木星が坤宮

1946年9月 本田技術研究所の創設:年盤=離宮、月盤=坤宮。干支は戌年。

⚠️ 九星気学 凶殺チェック(1946年9月)

  • 年盤暗剣殺同会(四緑木星が離宮=暗剣殺方位)——外部からの不意打ち・他者の行動に巻き込まれるリスク。

年盤は九紫火星中宮年で四緑木星は離宮(南)に位置していました。9月1日は白露(~9月8日頃)前にあたるため、月盤は8月節として扱います。四緑木星は月盤で坎宮(北)に入ります。離宮は太陽・光・表舞台を象意し、坎宮は水・流れ・苦難の中の深い知恵を象意します。なお年盤では四緑木星が暗剣殺の宮位にあたり、資材も資金も乏しい困難な状況でのスタートだったことと符合しています。

【1954年3月】1948〜1954年:艮宮と坤宮の往還、そして世界への宣言

  • この章では、【1954年3月】1948〜1954年:艮宮と坤宮の往還、そして世界への宣言の局面における気学的な配置と出来事の照合を考察します。

1948年9月24日、本田技研工業株式会社が正式に設立されました。資本金100万円、社員34名での出発でした。1954年3月には本田宗一郎が業界向け雑誌に「我々はマン島TTレースに参加し将来必ず世界一になる」と宣言。誰もが冗談だと思ったこの宣言が後のホンダ神話の始まりとなりました。

1954年 年盤(一白中宮)
西
年盤:四緑木星が艮宮
1954年3月 月盤(七赤中宮)
西
月盤:四緑木星が坤宮

1954年3月 マン島TT参戦の宣言:年盤=艮宮、月盤=坤宮。干支は午年。

1948年9月24日の設立時(白露後のため9月節として扱います):年盤は七赤金星中宮年で四緑木星は坤宮(南西)に、月盤は一白水星中宮月で四緑木星は艮宮(北東)に位置していました。坤宮は大地・勤勉・着実な積み上げを、艮宮は境目・蓄積・次のステージへの備えを象意します。1954年3月の宣言時:年盤は一白水星中宮年で四緑木星は艮宮(北東)に位置し、月盤は七赤金星中宮月で四緑木星は坤宮(南西)に入ります。困難を直視しながらも着実に前に進む宗一郎らしい胆力が表れています。

【1961年6月】1961年6月:乾宮から世界の頂点へ——マン島TT制覇

  • この章では、【1961年6月】1961年6月:乾宮から世界の頂点へ——マン島TT制覇の局面における気学的な配置と出来事の照合を考察します。

1961年6月、マン島TTレースの125cc・250ccクラスでホンダは圧倒的な成績を収め、同年の世界選手権タイトルを獲得しました。世界最難関と言われたレースでの快挙であり、「将来必ず世界一になる」と宣言してから7年後の達成でした。

1961年 年盤(三碧中宮)
西
年盤:四緑木星が乾宮
1961年6月 月盤(一白中宮)
西
月盤:四緑木星が艮宮

1961年6月 マン島TTで圧倒的成績を収め世界選手権タイトル獲得:年盤=乾宮、月盤=艮宮。干支は丑年。

年盤は三碧木星中宮年で四緑木星は乾宮(北西)に位置していました。月盤は一白水星中宮月で四緑木星は艮宮(北東)に入ります。乾宮は天・統べる・大きな舞台・貫禄の象意を持ち、艮宮は変化の境目・次のステージへの入り口を象意します。傾斜宮位の離宮(太陽・光・表舞台)と共鳴するかのように、宗一郎が世界の舞台(乾宮)でその名を轟かせた局面と読めます。

【1972年12月】1963〜1972年:四輪への飛躍と、坤宮での革新

  • この章では、【1972年12月】1963〜1972年:四輪への飛躍と、坤宮での革新の局面における気学的な配置と出来事の照合を考察します。

1963年8月、ホンダは四輪車市場に参入し軽トラック「T360」を発売、同年10月にスポーツカー「S500」を発売しました。1972年12月には「CVCCエンジン」が米国EPAの試験で、1970年Clean Air Actに基づく1975年排出ガス規制をクリアした最初のエンジンとして認定されました(日本語文脈では「マスキー法クリア」とも呼ばれます)。GMらが不可能と言った規制をホンダが世界初達成した瞬間でした。

1972年 年盤(一白中宮)
西
年盤:四緑木星が艮宮
1972年12月 月盤(七赤中宮)
西
月盤:四緑木星が坤宮

1972年12月 CVCCエンジンが排出ガス規制をクリア:年盤=艮宮、月盤=坤宮。干支は子年。

1963年8月の四輪参入時:年盤は一白水星中宮年で四緑木星は艮宮(北東)に位置し、月盤は二黒土星中宮月で四緑木星は兌宮(西)に入ります。艮宮は蓄積・変化の境目を象意し、兌宮は成果・決断・評価の象意を持ちます。1972年12月のCVCC達成時:年盤は同じく一白水星中宮年で四緑木星は艮宮(北東)に、月盤は七赤金星中宮月で四緑木星は坤宮(南西)に入ります。坤宮は大地・受容・着実な積み上げを象意し、長年の研究開発の果実が数字として結実した局面と重なります。

【1973年10月】1973年10月:離宮での幕引き——創業と同じ宮位で、渡す

  • この章では、【1973年10月】1973年10月:離宮での幕引き——創業と同じ宮位で、渡すの局面における気学的な配置と出来事の照合を考察します。

1973年10月、本田宗一郎は66歳で社長を退任しました。同日、共同創業者の藤沢武夫専務も退任し、後継者への禅譲は鮮やかなほど潔いものでした。会長には就かず、取締役最高顧問となり、経営の第一線は後進に託しました。

1973年 年盤(九紫中宮)
西
年盤:四緑木星が離宮
1973年10月 月盤(六白中宮)
西
月盤:四緑木星が震宮

1973年10月 社長退任と後継者への禅譲:年盤=離宮、月盤=震宮。干支は丑年。

⚠️ 九星気学 凶殺チェック(1973年10月)

  • 年盤暗剣殺同会(四緑木星が離宮=暗剣殺方位)——外部からの不意打ち・他者の行動に巻き込まれるリスク。

年盤は九紫火星中宮年で四緑木星は離宮(南)に位置していました。月盤は六白金星中宮月で四緑木星は震宮(東)に入ります。創業の年(1946年)と退任の年(1973年)はともに九紫火星中宮年であり、四緑木星が離宮に入る年盤でした。小さな工場の一角からエンジンを作り始めた1946年の離宮と、世界制覇の果実をすべて渡して去った1973年の離宮——同じ宮位が始まりと終わりに現れた符合は気学的に印象深いものがあります。なお年盤では四緑木星が暗剣殺の宮位にあたります。

まとめ

年月 出来事 年盤宮位 月盤宮位 凶殺 結果
1946年9月 本田技術研究所の創設 離宮 坤宮 年盤暗剣殺
1954年3月 マン島TT参戦の宣言 艮宮 坤宮 なし
1961年6月 マン島TTで圧倒的成績を収め世界選手権タイトル獲得 乾宮 艮宮 なし
1972年12月 CVCCエンジンが排出ガス規制をクリア 艮宮 坤宮 なし
1973年10月 社長退任と後継者への禅譲 離宮 震宮 年盤暗剣殺

よくある質問

Q. 本田宗一郎氏は九星気学では何の星ですか?

1906年11月17日生まれの本田宗一郎氏の本命星は四緑木星です。月命星は八白土星、傾斜宮位は本記事の計算エンジンでは離宮と算出されます。なお傾斜宮位は算出法によって異なる場合があります。

Q. 四緑木星はどのような象意をもつ星ですか?

四緑木星は「信用・縁・風のように広がる媒介力・遠方への展開」を象徴する星とされます。縁を通じて広く繋がりながら成長する性質が特徴とされ、世界に事業を広げたホンダの成長と符合します。

Q. この記事はホンダの経営を占っているのですか?

いいえ。本記事は占いではありません。九星気学の年盤・月盤を東洋思想のフレームとして活用し、過去に実際に起きた経営判断・出来事を事後的に照合・考察するものです。将来予測・投資判断・人物評価を目的とするものではありません。

Q. 気学を経営分析に使う意味は何ですか?

気学は「時流・環境・周期」を読む東洋的なフレームです。個人の性質と時代の流れがどのように重なっていたかを俯瞰する視点を提供します。本記事では「なぜそのタイミングで動いたのか」という問いへの考察ツールとして活用しています。

※本記事は九星気学の観点から経営の節目を考察するものであり、投資判断等の根拠となるものではありません。